<冷めた最高値更新劇>
金価格の上昇が続いている。10月6日に2008年3月の史上最高値を突破した後は、まさに青天井。11月11日時点でNY市場の金価格は先物価格(09年12月物)、スポット価格ともに7営業日連続の史上最高値更新の8連騰と類を見ない展開を続けている。8日連続の上昇は、2006年1月4日に終わる8連騰以来3年10ヵ月ぶり。
今回の上昇の特徴は、静かな上値追いという点にある。しかもそれは過去に例を見ないといっていいだろう。9月初旬に1000ドル大台乗せ以降、上昇・下落ともに大幅な変動はまったく見られないのだ。史上最高値を7日連続で更新と聞いてだれもが抱く、熱狂相場とか過熱相場という様相が一切見られないという点で、前代未聞というか、逆に不気味さすら漂う展開となっている。
具体的には、9月1日以降、金市場にはヘッジファンドや米系旧投資銀行のディーリングマネーと見られる買いが急増し、9月8日には今年2月以来となる1000ドル大台突破となった。それから2ヵ月余り経過し、この間の取引で前日比でみた騰落率で最大は2.9%に過ぎないのである。
ヘッジファンドの参戦、ディーリングマネーの跋扈(ばっこ)から想起する展開とはほど遠いのだ。前日比で2.9%の動きは、11月3日の30.9ドルの上昇がそれに当たるのだが、インド準備銀行(中央銀行)による200トンの金の購入が明らかになり、そのニュースに反応した結果だった。
いずれにしても急騰せず(同時に急落もせず)に徐々に値を切り上げるパターンは、ボラティリティ(価格変動率)が低く、それゆえ本来であれば発生するはずの価格水準の高さからくる過熱感を感じさせない、いわば「冷めた」最高値更新劇が続いてきた。相場格言のいうところの「もうは、まだなり」現象である。
<約600トンの先物ロングでも急反落しなかった理由>
それでは、なぜこうした相場展開となっているのだろうか。それは金ならではといえる。年始以降ここに至る金価格の上昇は、投資需要の記録的な増加によってもたらされてきた。1─3月期に見られた大手ヘッジファンドによる金ETFの集中買いに始まり、その後は世界的なスクラップ(金製品の売り戻し)のこれまた集中的な売りを継続的な投資マネーの流入が吸収するという経過をたどってきた。
その間にNYコメックスでは、ファンドによるネットの買い建て玉(ネット・ロング)が重量換算にして概ね500─600トンという高水準を維持してきた。先物市場での600トン近いネット・ロングは、これだけの規模の将来の売り要因を抱えていることを意味し、過去の経験則では内部要因からみて、これだけで十分な反落要因といえる規模である。
ところが、今回9月に至る価格展開は、この高水準のネットロングを抱えながら、比較的安定した900ドル台前半でのレンジ相場を繰り返してきた。既にこの段階で、従来相場との質的な違いを示していたのである。
投資需要急増の背景は、米国の金融政策とそれを映すドル安見通しである。米連邦準備理事会(FRB)によるゼロ金利政策と超ド級の量的緩和策と、オバマ政権が採った史上最大の財政出動策を受け、過去最大に膨れ上がった財政赤字は、今後複数年にわたり記録的水準を続けるとみられる。
昨年秋のリーマン・ショック後に高まった信用リスクのない金への見直しの動きは、機関投資家のみならず個人富裕層を巻き込んだ大きな流れになっているのだが、それは投資対象としての安全性を求めるという側面の強いものだった。
前回10月の寄稿に際し、金市場に投じられる「投機資金」とひとくくりに呼ばれる運用マネーに質的な変化が表れており、短期よりも中期的視点での金の取得の傾向が高まっているという指摘をした。
その1つの表れが先物市場(NYコメックス)におけるファンドの高水準の買い建て玉の維持であり、限月間の乗り換え(ロールオーバー)によりもたらされているとした。そこで米大手ヘッジファンド「ポールソン&カンパニー」による金鉱株から金鉱株ETFを含む総合的な金ポジションを取り上げたが、内容面から考えて米国が採用している金融・経済政策の先にドル安とインフレの可能性を描いてのものとした。
<金への資金流入をサポートするドル安観測>
そこで、話を足元の静かな高値更新に戻すのだが、まず投資需要に先導される金融相場に対する警戒感がある。実際にインドや中東を中心とする宝飾品など実需は激減しており、10月末までの速報値でインドの金輸入は153トンとされている。前年同期は387トンとなっており半分以下の水準まで落ちているわけだ。ちなみに2008年は452トンだった。
一般に、実需を伴わない上昇相場は長続きしないというのが経験則の教えるところなのだが、それは投資需要が短期で売り戻すことを前提にしている。したがって価格水準のみを判断基準とした反落に対する警戒が先行することになる。
実際に9月に1000ドルを超えてからの展開は、常に警戒感を伴った上昇となっている。いわゆる活況に「沸く」という状況にはない。また、警戒するばかりに上昇相場に乗り遅れた投資家が多く、下げ局面を待つのだが思う水準までは下がらず、時間の経過とともに買い値を切り上げるという展開になっている。
一方で先行した投資家は、利益確定の売りを断続的に出すのだが、それらはこの「出遅れ組」が拾うという展開になっている。
かくして史上最高値を更新中であるにもかかわらず、例えばNYコメックスの出来高や取組と呼ばれる未決済玉の総数は、2008年1月上旬に1980年当時の高値875ドルを突破した時点の水準を大きく下回った状態にある。
繰り返しになるが年始以降、金価格上昇の原動力は金融市場からの資金流入にある。その本質は、ドルを中心にした低金利、カネ余りにある。ドル安を上昇のテコにしているのは「カネが余っている=通貨価値の劣化」だからこそ「基軸通貨ドルではなくゴールド(代替通貨)」という流れといえる。
昨年秋の欧米を中心とする金融危機の中で、資産としての認知が進んだ金。金市場が立ち上がって35年の中で、その通貨性に急速に光が当たり始めている。「国籍のない通貨」とも呼ばれる金が、その無国籍性ゆえに注目を集めるのは、グローバル化時代の金融危機ゆえのことだろう。そしてドルを中心とした管理通貨制度自体が曲がり角にきたことの証でもあろう。
どんな相場にも調整局面が訪れるが、いまの金市場は静かにモノが吸い上げられている状況に見える。おそらく早晩、まさに過熱という状況が訪れるのではないかと思う。
亀井幸一郎 マーケット ストラテジィ インスティチュート代表 金属・貴金属アナリスト
(13日 東京)
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