<中小企業の資金繰り支援>
「中小企業金融円滑化法」が、臨時国会に提出されている。亀井静香郵政・金融担当相が返済猶予の必要性を唱え、大塚耕平金融副大臣らが対応策として作った法案である。この法案が話題になったのは、亀井金融担当相が最初に「モラトリアム」という言葉を使ったことにある。
世の中は「モラトリアム」という珍しさに注目したが、法案では返済猶予が無制限の返済延期を意味するものではなかった。あくまで企業が銀行と交渉し、銀行側が努力目標として返済猶予に応じるというものである。
ところで、貸し渋り問題に注目が集まって見逃されがちな論点として、中小企業へのリスクマネー供給の課題がある。その論点とは「リスクはあるけれども、将来有望なビジネスチャンスを持っている中小企業にどうやって資金融通をするか」という問題である。簡単に言えば、ベンチャーなどを対象に将来、高成長が見込めそうな先にリスクマネーを仲介する金融機能の開拓である。
日本経済に足りないのは、イノベーションを巻き起こすような事業者の試みに対するリスクマネー支援であろう。本来、銀行には、リスクマネー供給を通じて、リスクに応じたリターンを稼ぐことであった。
ところが、銀行は長引く構造不況で自己資本の余力をすり減らし、思い切ってリスクが取れなくなった。実際、中小企業で十分な採算性を確保できる先はごく少数で、不況になると新興企業ほどぜい弱さを露呈する。この課題は、もう十数年来、議論されてきていまだに有益な処方せんが確立されていない。
振り返ると、こうしたリスクマネーの問題には、いくつかの歴史的変遷があることを思い出す。まず、かつてITバブルといわれた1999年は株式市場に新興市場が創設され、2006年までは新規公開(IPO)の企業に人気が集まった。
しかし、すべてのIPOで高値が見込めるという熱気は、新興市場の株価が軟調になってくると、急速に冷めてしまった。新興市場は、日経平均株価やTOPIXに比べると振れが大きく、しかも最近は深い低迷状態から抜け出せない。
投資家の側には、企業に短期的に集まった大きな資金を安定的な収益事業に回せていけるかどうかを疑問視したり、企業の経営体質に厳しい見方も出てきた。IPOを目指す企業自身も、情報開示に経営資源を恒常的に振り向けるコストが重く、メリットが大きくないという見方をする先が現れている。
このIPO市場の停滞に絡んで、ベンチャーキャピタルのファイナンスにも悪影響を与えている問題もある。有望な企業を探し出して、将来のIPOに向けて支援をするベンチャーキャピタルは、新しいビジネスチャンスの「ゆりかご」的な存在である。
彼らが、ベンチャーの成長支援ビジネスをうまくやっていけるのは、事業の川下にIPO市場があって、そこを出口(Exit)とすることで、高収益を得られるという新興市場との共生構造があったからだ。新興市場が停滞することは、ベンチャーキャピタルの採算性を低下させる。
<スコアリング・モデルの挫折>
もう1つの流れとして、中小企業向けの融資を担保によることなく、個別の中小企業を簡単な書類審査で融資するタイプのビジネスローンの試みがあった。このタイプの貸出は、書類審査の内容をスコアリング・モデルを使って分類し、大数の法則を使って、収益性の得られる貸出とそうではない貸出をプールして採算性のムラをなくし、相対的に金融機関がリスクを取りやすくするというものであった。
大手銀行では2004年あたりから、こうしたビジネスローンを次々に導入していった。2006年3月末ではメガバンク3行で5兆円に達したとされる。ビジネスローンは、審査の時間が短縮化されて、中小企業の必要に応じた緊急の資金調達手段としての可能性を秘めていた。
しかし、多くの銀行がビジネスローンを一斉に手がけると、銀行側にも競争圧力が生まれて、大規模な資金がこの市場に流れ込んで、意図した採算性が確保できなくなってしまった。
確かに、貸し渋りが話題になっている場面では、資金制約で優良な貸出案件をビジネスローンで吸収できることが可能になるかもしれないが、局面が平時に戻って低金利で優良企業が従来どおりのファイナンスを受けられるようになると、金利の条件が不利なビジネスローンからは優良な客層が逃げてしまう。最近でも、リーマンショック後から2009年春までは企業の資金調達意欲は一時的に高まったが、現在はそれまで同様に銀行の資金需要不足の方が目立っている。
民間ビジネスの分野では近年、多くの銀行がスコアリング・モデルを活用したローンの取り扱いを停止している。もしも、この分野で金融機関が採算性を確保できるようにしようとするのならば、企業側の経営内容が悪くとも、極めて高い金利で受け入れられるようなスキームを設けなくてはいけない。それは、かつての消費者金融などのような高金利貸金業にならざるを得ない側面もある。
企業側にとっても、資金繰りが苦しいときのつなぎ資金は、可及的速やかに貸してくれるところを望んでいる。手形決済で綱渡りを強いられる企業は、流動性重視なのである。スコアリング・モデルは、その仕組みに問題があるのではなく、他の融資スタイルと競合して高金利が成り立たないところに問題があるとも考えられる。
もう1つ、中小企業向け金融については、不動産など物的担保に依存しないファイナンスの手法の研さんという流れもある。知的財産などを評価して、そこに資金を付けようという考え方である。
しかし、無形資産などに担保をつけるという方法は、その企業が破たんしたときに価値が消失するリスクがある。企業がゴーイング・コンサーンであれば価値評価がある程度できるだろうが、清算される場面では担保評価ができないということになりかねない。美しい話として、中小企業の技能やブランドに価値を認め、そこにファイナンスをするという手法は人気を集めやすい。しかし、仮にそうしたケースを許すのならば、無形資産が安定的にキャッシュフローを生むようにファイナンスをする側がモニタリングをしなくてはならない。
実は、ベンチャー企業でも、事業運営を助けるために金融機関から人材が送り込まれてきて、それを通じて経営体質の改善が進められ、事業採算が高まるケースが少なくない。これは、昔ながらの銀行や中小企業金融機関と取引先の関係に戻っている流れとも言える。
ベンチャーキャピタルでも、単に多産多死型のビジネスチャンスを大量に寄せ集めて、大数の法則を使って管理しているのではなく、まずは良い企業を見抜き、さらにそこに経営改善の援助を行うような地道な活動を行っている。
以上のように、リスクマネーを供給するという課題は、過去からの挫折と取り組みの経緯がある。将来の産業発展のために中小企業は、ビッグビジネスに飛躍していけるような金融の仕組みをしっかり整備することが重要である。
第一生命経済研究所 主席エコノミスト 熊野 英生
(11日 東京)
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